トップ万三発言自己紹介掲示板リンク

「新しい時代に向かって」

歯科医から区長に

北大歯学部同窓会誌1998年6月より

02年9月7日 更新

吉田万三 

 世の中、先行き不透明などと言われていますが、本当に驚くようなことが起こります。私は北大歯学部を卒業後、20年歯科医療に携わってきましたが、1996年(平成8年)9月以降、東京都足立区の区長の仕事に就いております。その責任の重さと風当たりの強さで、この2年休む暇もない毎日です。

 私が区長になった理由には、様々な偶然も重なっておりますが、やはり一番の理由は、この区長選挙の争点でした。前区政のもとで、市区町村レベルでは全国断然トップという、500億円を越える区役所の移転・建設がすすめられ、その跡地にはホテルを建設するという計画がすすめられていました。「いい加減にしろ」「税金の使い方がおかしい」これが多くの区民の素朴な気持ちでした。6万人を越える署名活動などの住民運動を背景に、「豪華庁舎建設にひきつづくホテル建設反対」を掲げた私が当選しました。

 政党レベルでは、共産党推薦、新社会党支持でしたが、実質上住民パワーの勝利でした。やはり何かが変わらなければならなかったのです。私は多くの偶然の中に、時代の必然も感じました。

 今、時代は大きく変わろうとしています。暗いニュースも沢山ありますが、それでも今は、単なる世紀末でも先の見えないトンネルでもないと思います。21世紀に向かう、人間と自然が大事にされる新しい時代を準備する模索と混迷ではないかと考えます。

 これまでは、誰かが敷いてくれたレールの上を速く走る能力が重視されてきましたが、これからは、自らが方向を見定め、レールを敷いていく能力が求められてくるはずです。

これからの歯科医療

 歯科医療でも同様のことが言えるのではないでしょうか。私は10年以上、診療室での歯科治療の傍ら、在宅高齢者の歯科治療にも取り組んできましたが、長い間、それは頼まれれば出かけて行くものでした。しかしここ数年、私の認識は大きく深まりました。高齢社会を迎え、介護保険を例に出すまでもなく、医療そのものが大きく様変わりしようとしています。高齢化が進むということは、単純に言えば、歯科医療の需要が増大するということです。当然「歯科にかかりたくても、かかれない」在宅高齢者も増大しています。私の身近にも、「開業医がどんどん増えて、歯科の将来は暗い」と嘆く歯科医がまだ居ますが、それは「膨大な潜在需要」が見えていないことに原因があります。

 私が医科診療所や訪問看護ステーションの協力を得て行った調査でも、これは明らかであります。同時に注目すべきことは、その潜在患者さんの多くが、歯科については初めからあきらめていたり、そこまで贅沢は言えない、と思っていたりしているという事実です。つまり「マーケティング・リサーチをしっかりやりましょう」では越えられない、もう一つのテーマであります。QOL(クオリティー・オブ・ライフ=生活の質)が語られる時代です。歯科医療の分野においても、食べること・噛むことが人間として当然の欲求であり、生きていく上での基本的権利であるという認識、そしてこの国民の生存権をはじめとした社会保障上の権利の擁護と発展の立場こそ、歯科医療の将来にとって不可欠のものと考えます。

 以上述べてきたように、私たちが対象とする国民の状況を見れば、人口構成も大きく変わりつつあり、また医療も、疾病への対応から健康の増進へと大きくウイングを拡げ、いろいろ議論もありますが、「生活習慣病」という概念も提起されています。歯科の疾病構造も当然変化しており、さらには現実に歯科を受診する患者さんの労働形態やそれをとりまく経済的状況も変わってきています。

 このような現象や変化の中から、その本質に迫り、現代の歯科医療のテーマを見出していくことが求められています。

大いに視野を拡げて

 「読書と社会科学」(岩波新書)の中で、著者の内田義彦さんは概念装置ということにふれています。自然科学において、肉眼で見えないものを顕微鏡を使って見ていくように、社会科学においては、社会における様々な現象の中から概念装置=言葉を用いて新しい切り口を見出し、その混沌から今まで見えなかった本質を明らかにしていくことを語っています。

 歯科医療は、自然科学であると同時に応用科学であり、そして何よりも人間の社会生活と密接不可分の存在であります。

 とくに学生の皆さんは、北大歯学部のおかれている素晴らしい環境を十二分に活用し、歯科医学や技術の研鑚に励むと共に、歯科以外のことにも関心をもち、大いに視野を拡げてほしいと思います。

 この先、山もあり谷もあるはずですが、私も「ホーイズ・ビー・アンビシャス」の精神で、自らの信ずる道を、住民と共に歩んで行きたいと考えております。

前の表示に戻る

万三さん奮戦記に移る

トップページに移る

ご意見、ご感想、お問い合わせは吉田万三ホームページまで