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「住民のくらし第一」は世界の流れ

福祉大国スウェーデン、クングスバッカ市長を訪ねて

02年11月24日 更新

「葦立ち」No.12(2002年11月発行)掲載 吉田万三 

 1996年に誕生した吉田区政の第一の仕事は「ホテル計画」の撤回であった。それは、区民への公約を守り抜くという意味で、政治への信頼回復への第一歩であると同時に、「ホテル計画」に象徴される、いわゆる「ハコモノ」「開発」中心の区政から、「住民の暮らし」に目を向けた区政への転換の重要な第一歩であった。

 そして、私は「福祉と産業振興が今後の長期にわたる区政の重要課題になる」と考え、それを区政の戦略的課題と位置づけた。

 国政、都政の制約もある中で、当面する諸問題にも取り組みながらではあるが、「戦略的課題」とは、それなりに時間もかかり、腰を据えてかからなければならない、という意味であった。いわば、区政の根本的な体質改善であった。

 残念ながら、区の「基本計画」の見直しを指示した段階で、この仕事は中断され、志半ばで、吉田区政は終わったと言える。

 しかし、この問題提起は、現在でも、またこれからも、政治的立場を越えて取り組むべき足立区の基本的なテーマだと私は考えている。

 2001年の2月に、医療団体で企画した「スウェーデンの医療・福祉視察」に副団長として参加した時のことであった。私は、このことを改めて強く感じさせられた。

 その時のスウェーデンの医療・福祉視察の目的のひとつは、「社会保障を守る『まちづくり』『くにづくり』と『非営利協同』組織の役割を学ぶ」ことであったが、実際には、私たちの予想を超える大きな収穫のあった視察であった。

 そのひとつは、民主主義や人権思想というしっかりした土壌の上に、スウェーデンの「くにづくり」や「まちづくり」が成り立っていることを理解できた点であった。

 当初、私たちは「スウェーデンの民間委託の実情」「公共部門と民間委託部門の違いを視察の中で知りたい」という問題意識を持って、スウェーデン南部の高級住宅地で、比較的裕福な階層が住んでいる人口6万5千人のクングスバッカ市長との懇談をおこなった。

 50歳前後の若い市長だったが、政治家というよりは大学の教授のような雰囲気で、ていねいに質問に答えてくれた。

 「市の住民の所得階層は高く世論も保守的傾向が強い。市議会議員も3分の2は保守系で私も、もちろん保守派だ」

という。そして

 「今回の選挙での右と左の政策の違いは、右は民間委託を進める方に力点があり、左は公的なほうに力点があるのだが、現在は左右の主張が近づいてその中間ぐらいになり、あまり差がない。ただし、右も左も全ての財源は公共財源でなければならない、という点では一致している」

ということだった。

 まさに、スウェーデンで最も保守的傾向が強いと言われている市長であっても、「医療、福祉、年金などの社会保障サービスは公共財源、税金で行われるべきであり、市場原理の働く商品サービスとしての方向はとってはならない」とするもので、福祉国家スウェーデンの思想をズバリと表現したものだった。これが保守党の政治家の言う言葉かと思うほどで、まさに、社民党、保守系政党を問わず、「公共責任は自明の大前提」というのが、スウェーデンでは国民的合意であり、日本との根本的な違いであった。

 さらに、1982年の社会サービス法をはじめ、「人権の尊重」「自己決定」などの重要なキーワードを内容とする法的整備もすすみ、それにもとずく政策が実施に移されていた。まさに福祉の到達点は民主主義の到達点であった。

 もうひとつは、社会保障というような表現が必ずしも正確ではないのだが、福祉国家における社会保障の充実と経済政策との関連であった。

 そもそもスウェーデンには「福祉」という概念は存在せず、日本でいう「福祉政策」はスウェーデンでは当然のごとく、政治の責任領域であり「社会政策」という認識である。

 すなわち、狭い意味での福祉や社会保障ではなく、すべての国民の生活設計をまるごとカバーした経済政策をも含み、またそれと連動した政策全般こそが問題とされているのである。

 具体的には、スウェーデンでも、90年代初頭の1992年頃、ひどい経済不況(日本と同様にバブルが崩壊し1930年代以降、最悪の不況と言われている)に陥り、医療・福祉分野の改革(エーデル改革)など様々な改革を実施しつつ不況を克服した。

 日本が、90年代の長い不況を未だに抜け出せずに「失われた10年」と言われていることを考えるとき、この10年のスウェーデンの歩みは日本とは対照的であると同時に、多くの示唆を与えてくれた。

 例えば、公共事業によって経済不況を乗り切ろうとする手法は、世界的にもかなり共通のようだが、問題はその中身である。

 スウェーデンでは90年代の前半、徹底した住宅建設、とりわけ高齢社会が要求している高齢者向けの特別住宅の建設を集中的に行った。住民の暮らしに目を向けた公共事業である。しかもこのことによって、現在の充実した在宅介護の基盤をしっかりとつくり上げたというのだから、日本との違いはあまりにも歴然としている。

 また、単なるセーフティーネットではなくトランポリンだと言う人がいるように、労働者の再教育・職業訓練サービスなどの保障からなる雇用政策・手厚い年金制度等々の違いにも驚かされた。出発点、発想から違っているのである。

 そして、それを土台から支えているのが高い労働組合の組織率であり、労働者の権利を擁護する様々な制度的蓄積であった。

 以上の内容でも、ある程度の社会状況と雰囲気は、わかっていただけると思うが、さらに、スウェーデンの人が語った言葉が印象的であった。

「現在の暮らしや福祉の充実のためにこそ、経済の発展は必要です」

「経済を発展させることは、国民が幸せになるための手段です」

 目的と手段が本末転倒しているような国に住んで、知らず知らずに頭の中が逆転現象に慣れてきていた私にとって、大変新鮮に響いた言葉であった。

 「構造改革」だの「骨太方針」だの耳ざわりのいいスローガンもだいぶ色あせてきた昨今ではあるが、今こそ人間が大切にされる方向での改革が求められているのではないだろうか。

 ヨーロッパを中心に、自然環境や福祉を重視した政治のあり方は世界の中でも大きな流れとなりつつある。私たちの足立区でも、一旦伏流水となった流れが、再び大きな流れとなって顔を見せる日が来ることを確信している。

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